この町にいるはずのないあなた

 

いつの時代の物かわからない鮮やかで古めかしい鍵を耳に下げた、この町には似つかわしくない美しい人と目が合った。

みずみずしい唇と、底の知れない瞳の輝きをよく覚えている。

黄色混じりの緑の髪色は、同郷の人間のものではないことが明らかだった。

 

すれ違いざまに、彼女が呟いた。

すこし訛りのある発音で、「三回たたいて、二度吠える犬」と。

この国の言葉だが、他国の人が覚えたといった風だった。

ぼんやりと彼女が遠ざかっていくのを眺めながら、ぼくは少し考えて、4年前に出張で訪れた貧困国のスラムの景色を思い浮かべた。

そこには、貧困労働者とは思えないほど豊満な肉付きの、小汚い男がいて、いくつかの簡単な仕事を、彼に依頼する必要があった。

それで、なんどか彼の住む、あの退屈な家に通ったのだが、そこには巨大で細く痩せこけていて汚くて、打ちひしがれた、死相の色濃い犬がいたんだ。

 

あの犬はたしかに強烈に印象に深かったけれど、それより、もっと大切な記憶がある。

その家には大人用の黄ばんだ白いシャツをワンピースのように着て、裾を引きずって歩く少女がいたんだ。

彼女はいつも、今にもちぎれそうな、よれた紐を首にかけて、その先に通してある、なにか大切な…鍵のようなものを、いつもシャツの胸ポケットに入れていた。

出立の朝。スラムのボスである小汚い男に挨拶をしたときに、彼女に尋ねた。

「それはいつも持っていなきゃあいけないのかい?」

彼女はこう答えた。

「ええ。あの男に取られて、売り払われるか、どこかに隠されてしまうから。これがないと、わたしはママに会いに行く方法を失ってしまうの」

 

薄く透明なあの記憶の少女が、先の美しい女性と同じ人物なのではないかと思ったその時、彼女の姿はずっと遠くの人の群れに、混じって消えた。

 

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